フランス料理が現在の形に至るまで、実は大きな影響を外国から受けて来ました。
特に歴史的にも関わりの深いイタリアや国境を接するヨーロッパの国々はもちろんのこと、植民地時代には、アフリカやインド諸島の特産品であるエキゾチックな香りのフルーツやスパイス、チョコレートの原料となるカカオ、またタヒチやマダガスカルのバニラなどがフランスに広がり、伝統の調理法を守りながらも、これら外国の新たな風味をその都度取り込んで大胆に進化を続けて来たのが、みなさんご存知の今のフランス料理なのです。
グランシェフの来日と
ヌーヴェル・キュイジーヌ
そして実は和食の手法や和食材も、現代フランス料理にたくさん取り入れられていることを、ご存知でしたか?
その始まりは1970年代初頭に遡ると言われています。三ツ星シェフのポール・ボキューズ氏、アラン・シャペル氏、そして若き日のジョエル・ロブション氏などが来日し、フランス料理の講習会を行うと同時に、滞在中懐石料理や寿司と出合ったのです。醤油、わさび、柚子、昆布や鰹節を使った出汁、緑茶や抹茶など、これまで知り得ることのなかった新しい味や香り、そして料理を彩る器の数々、フランス料理とは真逆の「引き算の料理」とも呼べる和食のフィロソフィーとその調理法…。グランシェフ(偉大なシェフ)と呼ばれる彼らは、大きなカルチャーショックを受けました。
折しも本国フランスでは、「ヌーヴェル・キュイジーヌ」という新しい料理の潮流が立ち上がったばかり。それはバターやクリームを使ったソースが皿の全面を覆うこれまでのリッチなフランス料理から、現代の生活スタイルに合わせて、もっと軽やかで、素材の見えるシンプルな盛り付けの料理へ進化させようという動きです。そんな時大きなヒントになったのが和食の手法と和食材です。同じころフランス料理を学びたいとフランスへ渡った日本人たちが、ミシュラン星付きのレストランのキッチンで働き始めたことも見逃せない事実です。
Wasabi, Shoyu, Yuzukosho …
こうして和食材はフランス料理に取り入れられました。わさび(もちろんチューブ入りの練りわさびですが)は「緑の辛子」moutarde verteとも呼ばれ、肉や魚のソースのアクセントになったり、焦がしバターの風味付けに醤油を一滴垂らしたり…。80年代後半にフランス国内の流通事情がよくなり、パリに鮮魚が届くようになると、肉に代わって「魚のカルパッチョ」が前菜に登場します。それまで魚の生食など考えられなかったフランスですから、寿司や刺し身など和食から影響があることは明らかですね。わさびに次いでヒットしたのが柚子です。2000年代になると保存の効く柚子胡椒や柚子のリキュールが広く流通し始めました。柑橘の種類が少ないフランスで、シェフたちはこの繊細でエレガントな日本の柚子の香りに夢中になりました。YUZUは今ではまったく説明の必要のない素材なのです。
フランス料理に生かされる和の味わい
フランス人シェフの和食材への関心は今でも大きく、湯葉や葛を上手に料理に生かすシェフもいます。そして昨年には鹿児島県枕崎の水産加工会社の協力のもと、フランスのブルターニュ地方で日本伝統の鰹節作りがスタートしました。もちろん高まる現地での和食の需要に応えるためですが、私はこの鰹節をパリで初めて、フランス人シェフから見せてもらいました。「どうだ、すごいだろう」ととっても自慢げに(笑)。フランス産の鰹節、どんな風にフランス料理に生かされてゆくのでしょうか? ひとつ言えるのは、フランス料理と和食材のすてきな関係はブームでは終わらないということです。
文・勅使河原加奈子